すい臓がん(ステージ4a)5年生存率 1.4%を生き延びて

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体験談のあらすじ

大手企業を早期退職後、長年自分がやりたかったITの開発事業を起業して実現していた池田実さん。やりがいのある仕事を始めたものの、なかなか軌道に乗らない仕事に苦労をしていた頃、何気なく妻と一緒に病院で診察を受けたことから、ステージ4のすい臓がんであることがわかる。残りの人生をあきらめかけ、心の整理までした池田さんだったが……。

本編

軽い気持ちで行った検査

2012年8月、千葉県船橋市の池田実さん(取材時73歳、当時68歳)は、ここのところ胃腸の調子が優れないことに気づいた。かすかに不快感があり、たまに下痢もした。
ある日、妻の「病院に行くから一緒に診てもらったら?」という誘いに、軽い気持ちで同行した。
レントゲン撮影と血液検査、CT画像検査も行われ、一週間後に結果を聞くことに。

これまで大きな病気をしたこともなく、病院とは縁のない人生だった。
ところが、医師からは意外なことをいわれた。
「すい臓がんです。これは相当進んでいるので、手術は難しいと思います。一般的には、抗がん剤を使って病巣が小さくなったら手術するという方法をとりますが、院長(=外科医)が何というか。ともかく、このまま入院してください」

真っ先に頭に浮かんだのは、まだ軌道にのっていない自分の会社のことだった。
池田さんは2001年、59歳のときに早期退職し、20代の若い同僚2人と一緒にITベンチャー企業を立ち上げた。セキュリティシステムのソフトウェア開発・販売をする会社だ。
池田さんたちのアイデアと製品品質は優良だし、コストも安いのだが、小さなITベンチャー起業なので、業界参入に苦労していた。
それが2008年のリーマンショックでさらに苦境に追い込まれた。日々、支払いの工面のため、慢性的なストレスと寝不足に悩まされるようになっていた。

すい臓がんの宣告は、そんな最中に池田さんに起こった出来事だった。

とりあえず、医師には、「会社の引継ぎをしなければならないから入院は明日にしてほしい」と伝え、診察室を出た。
病院に行ったきり、なかなか帰ってこない夫を心配して、妻がロビーまで迎えに来ていた。
すい臓がんだったことを伝えると、妻は驚いて大きく息を飲んだ。

その後、出社して他のメンバーに病名を伝え、知人や外部の仕事関係者らに病状を伝えて、自分の仕事を整理した。

「健康には自信があったのにな……」
その自信が覆った日だった。

手術ができる嬉しさ

翌日、池田さんは入院し、MRI検査、血管カテーテル検査など、さまざまな検査を受けた。すい臓は胃の後ろ、背中とお腹の真ん中くらいに位置する臓器であるため、調べるにも手の込んだ検査が多かった。
しかし、「がんになってしまった以上、仕方がない」と、池田さんは割と冷静に受け止めていた。

担当医は、池田さんがいないところで、妻にこう伝えた。
「腫瘍の周りにあるのは手術による切除が難しい血管ばかりです。残念ですが、手術はできないと思います。(そうなると)もってもあと2、3カ月ではないでしょうか」
腹腔動脈、脾動脈、脾静脈、総肝臓動脈に、がんが絡みつくように進行しているのだが、これらは切除できない重要な血管ばかりだから手術はできないだろうというのだ。
後に病理検査でわかるが、池田さんは進行性のすい臓がんでステージ4aだった。
あまりにも重い話で、妻は夫にそれを伝えることができなかった。

入院1週間後の9月上旬のこと。
外科を担当する高森繁院長(当時、千葉徳洲会病院院長/現在、五井病院院長)からこういわれた。
「この診断結果では手術適用にならないし、リスクが大きいので、一般的な大学病院や有名病院では行いませんが、私が手術を担当しましょう」
その力強い言い方に、池田さんは信頼感を抱いた。

検査とそれまでの雰囲気から、ある程度自分が「死」と身近にいることを意識していたのだが、高森院長から「手術できる」と言われて、素直に嬉しかった。
「もしかして、助かる可能性もあるのかな?」
そんな気持ちになった瞬間だった。

ダメージを受けた身体

進行スピードの速い病気であることから、手術は2日後となる。
まさに「トップ・プライオリティ(第一優先)」扱いだった。

手術には5時間かかった。
術後、高森院長は池田さんの妻に、銀色のトレイに乗ったすい臓の断片を見せながら、手術の成功を伝えた。

ただ、手術後の池田さんは体に受けたダメージに苦しんでいた。
全身が強い打撃を受けたように身体の自由が利かない。
震えが止まらず、食事もとれないし、寝ることもできなかった。

手術で4センチを超えるすい臓のがんは切除できたが、リンパ節へのがん転移も認められたため、再発・転移するリスクも高く、5年生存率は1.4%という厳しい状態だった。

体調が改善しない日が1ヶ月ほど続いた。
高森院長は2度目の手術に踏み切る。
今度は、壊死に近い状態まで悪化した胆のうの全摘だ。

2度目の手術後、池田さんの食欲は少しずつ回復してきた。
しかし、2カ月の入院中に、63キロあった池田さんの体重は18キロも減ってしまったので、歩くのもふらついた。それでも10月下旬には退院した。

自宅の安楽椅子に座った池田さんは、見慣れた部屋を見まわして、生きて帰ってこれたことを素直に喜んだ。
これからは、痩せこけて骨に皮だけの身体に力をつけていかなくてはならない。
しかし、食欲がないため、ゆっくりと流し込むしかない。
朝食を3時間かけて食べ終わると、昼食の時間になって、また3時間かけて食べていると、夕方になる……といった具合に一日が食事で終わってしまうのだった。

意識し始めた人生の最期

この頃、池田さんは、ひとつの心境に至っていた。
「自分ももう68歳。一人娘も成長して独立した。自分の一生の終い方として、がんで他界するのも悪くないかもしれない。家族に長年介護をさせるのは嫌だと思っていた。予定より早まったが、がんで死ぬのも悪くない」
そんな風に考えていたことを妻に伝えた。
妻も、それを聞いて気が楽になったといった。

11月に入って、通院によるジェムザールによる抗がん剤治療が始まった。
毎週1回の通院を3週間繰り返し、4週目は休薬の週とする、この4週間を1クールとする治療を11クール行うというものだった。
ジェムザールの副作用は倦怠感、吐き気、脱毛、むくみなどが知られていたが、池田さんには、想像していたほど重たい副作用は出なかった。

術後3ヶ月の経過観察で「再発なし」といわれた。
「3ヶ月」は、高森医師から聞かされていた、分岐点のひとつだった。
少し希望が見えてくる。

2013年3月には貧血のため輸血、5月には脱水症状で一週間治療を先送り、6月はそれまで3週間連続投与していたジェムザールを隔週の投与に切り替えるなど、いろいろイレギュラーな出来事が起こりつつも、池田さんは淡々と治療をこなしていった。
10月末、ついに11クール目の投薬が終わった。

「多分、治ることはないんだろうな」と池田さんは期待値を上げないようにしていたが、再発や転移もなく、抗がん剤治療を終えることができ、少しホッとした。

1.4%―5年生存率を目指して

2014年に入って、少しずつ出社をし始めるが、会社の中が、自分が理想としていたものとは違った経営・体制になっていた。
今まで一緒にやってきた仲間と道が枝分かれしている感じで、裏切られたような気持ちになった。

自分が所有する株券を他のメンバーに無償譲渡して代表権を返上した。
キリをつけて、前に進むためだった。

その年の秋、定期的な経過観察で病院を訪れた。
高森医師から「再発はありません。これで2年が経ちましたね」と言われた。
「2年」は高森医師から聞かされていた、もう一つの分岐点で、ここで再発・転移がなければ、かなり期待できる。
「がんで終えるのも悪くない」と気持ちを整理したこともあったのに、奇跡のようだった。

そこからは池田さんの回復は目覚ましかった。

2015年2月には、東京マラソンを5時間台で完走した。
さらに12月にはスキーを再開し、翌2016年夏には日光白根山など2500メートル級の山に登頂と、次々と挑戦を展開した。

すい臓と胆のうの一部を切除している池田さんは、毎日、10種類近い薬を服用して、身体の機能バランスを保っている。そんな中で達成した2500メートル級の登山。山頂で、池田さんは、こう感じた。

「この世に戻ってきた。本当に生きているんだ」

そして、2017年9月「5年」の節目を迎えた。
とうとう、池田さんは、「5年生存率、1.4%」の中に入ったのだ。

池田実さんの詳しい「がん闘病記」、及び「インタビュー記事」はウェブサイト『ミリオンズライフ』に掲載されています。ぜひ、読んでみてください。

plus
大久保 淳一(取材・編集担当)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイトの編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト「5years.org」を運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。

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